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千葉地方裁判所 昭和34年(ヨ)120号 判決 1960年3月24日

債権者 桜井京二 外一名

債務者 株式会社 太洋製作所

主文

債務者は、債権者桜井京二に対し金一七万三六三八円および昭和三五年三月一日以降毎月金二万四八〇五円の割合による金員を毎月二七日限り、債権者宮内長蔵に対し金一〇万四八八二円および昭和三五年三月一日以降毎月金一万四九八三円の割合による金員を毎月二七日限り、それぞれ仮に支払え。

訴訟費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者等代理人は「債務者が債権者両名に対して昭和三四年七月二九日なした解雇の意思表示の効力を停止する。債務者は同年七月三〇日以降債権者桜井京二に対し一ケ月金二万九一八三円、債権者宮内に対し一ケ月金一万六六四八円の各割合による金員を支払え。」との裁判を求め、その理由として

一  債務者(以下「会社」という。)は自動車の部品を製造販売する株式会社であり、債権者桜井は昭和二七年三月、債権者宮内は昭和二六年四月、それぞれ会社に雇用されたものであるところ、会社は昭和三四年七月二九日右債権者等に対し懲戒解雇の意思表示をした。会社が右解雇の理由とするところは、債権者等が昭和三四年七月二一日午後〇時三〇分頃会社就業時間中会社の業務命令を無視して賭博行為を行つたのは就業規則第五六条第四号、第五号、第一六号違反であり、会社の風紀秩序を紊すものであるから懲戒解雇するというにある。会社の就業規則第五六条は「左の各号の一つに該当したときは懲戒解雇に処する。但し情状により譴責、減給又は出勤停止に処する事がある。四、不正不義の行為をなし当社従業員としての体面を汚したとき、五、職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊し又紊そうとしたとき、一六、その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」と規定している。

二  会社が解雇理由としている賭博行為なるものが何を意味するのか、また債権者等の無視したという業務命令なるものがどのようなものであるかは不明であるけれども、債権者等はそのような賭博行為をしたこともなければ業務命令を無視したこともない。会社は荒唐無稽の事実をデツチ上げ、これを理由として債権者等を職場から排除しようとしたものであり、解雇権の乱用であるから、右解雇の意思表示は無効である。

三  右解雇は労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為であるから無効である。すなわち、

(一)  会社には従業員をもつて組織する太洋製作所労働組合(以下「組合」という。)があるところ、会社は組合の運営を支配し、かつこれに介入しようと企て、昭和三四年四月開催された組合の定期大会において久保田佐吉を執行委員長とする執行部が選出されるや、大草総務課長をして右久保田に対し執行委員長を辞任するよう勧告し、同月二一、二二日の両日にわたり班長以上の職制会議を持つて組合の御用化方策を協議し、その後、陰に陽に執行部の組織と活動に掣肘を強化し、右執行部をして辞任の余儀なきに至らしめた。かくて同年五月一六日尾形八郎を執行委員長とする、いわゆる「新執行部」が生れるや、「新執行部」をして組合規約を無視し組合大会の決議を経ないで(イ)同年六月三〇日給与協定を、次いで(ロ)同年七月八日時間外労働および休日労働に関する協定を、それぞれ締結せしめた。

(二)  債権者桜井は昭和二九年一〇月三〇日から昭和三〇年四月三〇日まで組合の書記長、昭和三〇年八月から同年一〇月二二日までと昭和三二年三月一二日から同年五月末までは、いずれも執行委員、債権者宮内は昭和三二年五月から同年一〇月まで副委員長として、それぞれ組合活動の指導的地位にあつて活動したばかりでなく、終始右組合活動を積極的に推進してきた活動家であり、前記のような会社の組合への支配介入、御用化および「新執行部」の非民主的行動に対し極力闘争してきたものである。

(三)  たまたま昭和三四年七月二一日正午からの休憩時間に「新執行部」による組合の職場会議が開催されたが、右職場会議も「新執行部」の組合御用化方策の一環をなすものであるから、債権者等は「新執行部」に対する不信任を表明する意味でこれをボイコツトし出席しなかつたところ、「新執行部」は同月二三日執行部職場長会議なるもので債権者等を組合から除名する決定をした。会社はこれを奇貨として「新執行部」と呼応し、「新執行部」と同調しない債権者等を排除し組合の御用団体化を一層完璧なものにするため、本件解雇を強行したものである。

(四)  労働組合法第七条第一号によれば「使用者は労働者が労働組合の正当な行為をしたことの故をもつてその労働者を解雇し」てはならないのであつて、右法条の規定による「労働組合の正当な行為」の中には、労働組合の役員としての活動および労働組合運動を積極的に推進する活動を包含するのは勿論であるが、使用者の不当労働行為を排除するための活動および組合民主化のための活動をも包含するといわなければならない。前述のように会社が組合の運営を支配し、かつ、これに介入しようとして、いわゆる「新執行部」を組織させ、組合の御用団体化を企図したこと自体が労働組合法第七条第三号の規定に該当する不当労働行為であるところ、債権者等の前記職場会議ボイコツトは会社の不当労働行為を排除し組合を民主化するための正当な行為であるから、これを理由とする本件解雇は労働組合法第七条第一号に違反し無効である。

(五)  なお債権者等は本件解雇後も組合の民主化のために精力的な活動を継続し、「新執行部」に対する組織的批判を進めた結果、「新執行部」は遂に昭和三四年一〇月三一日辞任し、同年一一月一一日の大会において前記久保田を執行委員長とする執行部が再び選出され、かくて同年一二月一〇日開催された臨時大会において債権者等に対する除名の無効が確認されるに至つたことを附言しておく。

四  また会社の就業規則第五四条第四号但書には、懲戒解雇の事由については行政官庁の認定を受けなければならないことと規定されているが、本件解雇事由について行政官庁の認定を受けていないから無効である。

五  そこで債権者等は会社に対し雇傭関係の存在確認および賃金支払を訴求すべく準備中であるが、債権者等は会社から支給される賃金以外に生活の源泉たるべきものがないので、このままの状態で本案判決あるまで推移すれば債権者等は回復すべからざる損害を蒙るおそれがある。債権者等の三カ月間の平均賃金は申請の趣旨記載の金額であるから、解雇の意思表示の効力停止と右金額の支払を求めるため本件申請に及んだ。

と述べ、債務者の主張に対し

(一)  会社は本件解雇の理由として賭博行為のほかに勤務成績不良を挙示しているが、本件解雇の理由は「就業時間中業務命令を無視して賭博行為を行つたことが就業規則第五六条第四号、第五号、第一六号に違反する」というにあることは解雇通知書の記載により明らかであり、勤務成績は本件解雇の理由とされていないものである。債権者等は勤務成績が不良であるとの会社の主張はこれを争うものであるが、勤務の良否は本件解雇と何らの関係がないから、この点は本件審理のほかにおかれるべきである。

(二)  会社は本件解雇が予告手当の支給を条件とする解雇であるかのように強弁しようとしているが、いわゆる予告解雇は懲戒解雇と本質的に異るものであることは勿論であつて(就業規則第五四条第四号参照)、懲戒解雇としての本件解雇を撤回することなく、予備的にもせよ予告解雇を主張することは許さるべきでない。

と述べた。(疎明省略)

債務者代理人は「本件申請を却下する。」との裁判を求め答弁として

一  債権者等主張の一の事実は認める。二ないし五の事実中、債権者桜井が昭和二九年一〇月三〇日から昭和三〇年四月末頃まで債権者等主張の組合の書記長をしていたこと、昭和三四年五月に組合の役員改選で新執行部が発足したこと、昭和三四年七月二三日債権者等が組合から除名されたこと、債権者等各自の三ケ月間の平均賃金がその主張のとおりであること、はいずれも認めるが、その余は争う。

二  本件解雇は債権者等の組合活動とは何らの関係もないし、また解雇権の乱用でもない。すなわち、

(一)  債権者桜井は性格的に自己主張の傾向が強く、協調性にとぼしいうえに、上司の業務上の命令に反抗しがちであつた。例えば、多忙なときにおける残業命令や、むつかしい作業を命ぜられたような場合に、これを拒否するということが多かつた。そして最近に至つては作業能率も低下し、上司の再三の注意にも拘わらず一向に改善の様子がなく、本件解雇の頃には、製品の平均不良率に比較すると一〇倍もの不良品をだす状態にあり、勤務成績は不良であつた。債権者宮内は無断欠勤が多く、前に一度譴責減給処分を受けたが一向に改悛の様子がなく、最近においてもその出勤率は平均出勤率にくらべると一五パーセントも悪く、勤務成績は不良であつた。

(二)  二年位前から休憩時間および就業時間終了後に、従業員間で賭マージヤン、賭花札を会社施設内でやるものが多くなり、昭和三四年に至つてはその流行目にあまるものとなり、会社の風紀、秩序は極度にみだれた。それで会社は課長等を通じて班長に自粛の注意を与えたが効果がないので、更に同年四月頃、就業時間終了後業務上の理由なく会社内に滞留することを厳禁する旨の業務命令を発した。これによつて賭マージヤン、賭花札が幾分下火になつたが、まだ右賭博行為をするものが多少いたので、会社は同年六月一二日会社内においては一切の賭博行為を厳禁する旨の業務命令を発した。これによつて賭博行為は殆んど行われなくなつた。しかるに債権者両名は右業務命令に従わず、その後も賭博行為を重ね、同年七月二一日午後〇時三〇分頃会社板金工場内において賭花札をやつていたのである。

(三)  元来従業員間に流行していた賭花札は、いわゆる「コイコイ」であり、金銭が賭けられていた。およそコイコイ等は賭けなければ大の男が就業時間後や雨のざんざん漏るところでできるものではない。だから従業員および会社は皆花札イコール賭博行為と理解していた。会社はこのような状況を黙視し得ず、二回にわたる業務命令を出したものであるが、二回目の業務命令が発せられた頃にはコイコイ以外には賭博行為は行われていなかつたから、会社はこの業務命令により、直接的には賭博行為イコール花札(コイコイ)の禁止をめざしたのであり、その趣旨は従業員一般に瞭然たるところであつた。従つて仮に債権者等が同年七月二一日午後〇時三〇分頃賭けていなかつたとしても、他の従業員等が業務命令に従つてコイコイをやめたのに、債権者等はこれを無視して最後まで何回もコイコイを続けていたのであるから、その違反の「指導的かつ活発な分子」であるという点からいつて、職場の秩序を紊すこと甚だしいものといわなければならない。

(四)  労働基準法では「労働時間」「休憩時間」を対立した概念として使用しており、就業時間という言葉を使用していないが、債務者会社就業規則では「就業時間は一日九時間(休憩時間を含む)として始業終業休憩時間は左のとおりとする」(第一一条)となつている。本件解雇通知において「就業時間中・・・・・賭博行為を行つた」としたのはこの意味である。しかして労働基準法第三四条第三項の休憩時間自由利用の原則は、完全な自由をさすものでなく、事業場の規律保持上必要な制限の範囲内における自由であることはいうまでもない。したがつて会社内における一切の賭博行為を厳禁する旨の業務命令が発せられた以上、休憩時間であろうと労働時間であろうと始業前、終業後であろうと、とにかく会社内で賭博行為をしてはいけないことは当然である。

(五)  債権者両名が前述のように勤務成績が悪いのに加え、業務命令に違反し、いつまでも賭博行為を続けているので、会社は職場の風紀、秩序を回復するため両名を懲戒解雇したのであり、右解雇は就業規則にてらして当然のことである。債権者等は組合の指導的立場にはなかつたし、会社は債権者等が組合の指導的分子だからということで解雇したのではない。会社は「新執行部」の成立を援助したこともなく、その崩壊を防いだこともない。「新執行部」の成立は純然たる組合員一部有志の運動から生じたものであり、会社が「新執行部」と策謀して組合御用化を企図したこともない。債権者等が「会社の組合への支配介入、御用化および新執行部の非民主的行動に対し極力闘争してきた」というような事実もない。

三 本件解雇は労働基準法(以下本項においては単に「法」という。)第二〇条第一項但書の「労働者の責に帰すべき事由」および就業規則の懲戒解雇事由によるものであるところ、法第二〇条第一項、第三項、第一九条第二項の解雇予告除外認定は受けていない。しかしながら法第二〇条第三項の解雇予告除外認定は事実の確認処分であつて、新しい法律関係を創設するものではない(すなわち右除外認定は効力発生要件ではない。)から、これを受けなくても本件懲戒解雇は有効である。更に本件では労働基準監督官の認定を受けているから就業規則第五四条第四号但書に違反しない。すなわち、債務者会社松本社長および大草総務課長の両名は、昭和三四年七月二八日市川労働基準監督署において第二課長高木監督官に面会し、会社就業規則の関係条文を示して、債権者等が花札賭博を就業時間中にやつたので懲戒解雇したいがよろしいかどうかと問うたところ、同課長は、懲戒解雇して差支えないが念のために予告手当を支給した方がよい旨回答したのである(それで会社は後記のとおり予告手当を債権者等に提供した次第である。)。仮に形式上は右就業規則に違反するとしても、右但書は法第二〇条第三項で準用される法第一九条第二項と同一の規定の仕方であり、かつ右就業規則は、その認定の具体的手続について何ら認定していないから、右但書の効果は法以下でこそあれ、決して法以上ではない。従つて前同様の理由によりこのことは本件解雇の効果に何ら影響するものではない。仮に除外認定を受けていないことにより即時懲戒解雇が無効だとしても、本件では予告手当を支給(供託)して懲戒解雇をしたものであるから、懲戒解雇は有効である。

四 本件解雇が仮に懲戒解雇としては効力がないとしても、普通解雇として有効である。すなわち会社は債権者等の将来を考慮し、同人等の不都合な行為を指摘したうえ、退職金、予告手当等の支給を条件として任意退職することを促がしたのであるが、同人等が拒絶したので、昭和三四年七月二九日同人等に対し解雇の意思表示をするとともに、予告手当相当分を現実に提供したところ、受領を拒絶されたので即日同人等の一カ月の賃金を解雇予告手当としてそれぞれ供託した。会社の就業規則第六〇条の規定によれば、已むを得ない事業上の都合による時、その他これに準ずる程度の已むを得ない理由がある時は予告解雇できるのであり、債権者等の行為はこれに該当することは明らかであるから、同日予告解雇の効果が生じたものである。

五 よつて債権者等と会社との間の雇傭契約はすでに消滅し、債権者等の被保全権利は全く存在しないから、本件申請は却下されるべきである。

と述べた。(疎明省略)

理由

債務者会社が昭和三四年七月二九日その従業員たる債権者等に対し、同人等が同年七月二一日午後〇時三〇分頃会社就業時間中会社の業務命令を無視して賭博行為を行つたとして、就業規則第五六条第四号、第五号、第一六号により懲戒解雇の意思表示をしたこと、右就業規則第五六条の規定が債権者等主張のとおりであること、債権者等の三カ月間の平均賃金は桜井が一カ月金二万九一八三円、宮内が一カ月金一万六六四八円であること、はいずれも当事者間に争いがない。

よつて本件解雇の意思表示のなされるに至つた事実関係について考察する。前記当事者間に争いない事実に成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第四号証、証人久保田佐吉の証言により真正に成立したものと認め得る甲第六号証、証人宮田宗平の証言により真正に成立したものと認め得る甲第五号証、第七号証の一ないし三、第八号証、第九号証の一ないし四、証人久保田佐吉、大杉静次郎、宮田宗平、大草敏男の各証言、債権者宮内長蔵本人尋問の結果および本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、

(一)  昭和二九年一月債務者会社の従業員をもつて組織する太洋製作所労働組合(以下「組合」という。)が結成され、久保田佐吉が執行委員長として発足し、組合は全国労働組合総評議会(総評)傘下の全国金属労働組合(全金)に加入した。債権者桜井も右組合の結成に関係し、組合結成後は債権者両名とも久保田委員長のもとに役員となつたことがあり、組合運動には熱心の方であつた。債務者会社は自動車部品の製造販売を業とし、従業員七、八〇名の小規模の会社で、民生デイーゼル工業株式会社(以下「民生」という。)から企業整備により分離したものであるが、当時営業成績必ずしも良好でなく、従業員の給与水準も高くなかつた。

(二)  その後昭和三二年中に組合執行部の改選により宮田宗平が執行委員長となつたが、宮田等の方針は、企業の生産性と生産力の増大に協力し、いわゆる源泉を増大してその分配の増加に与かることを第一義とし、労使の相互信頼による企業の安定を基礎として労働者の地位の向上をはかるというにあり、組合は前年中に全金を脱退するに至つた。宮田等執行部のこのような方針に対しては組合内部においても相当の批判があり、とくに前委員長の久保田を中心とする勢力(債権者両名もこれに属する。)は、この方針に全面的には同調し難いという態度を持していた。債務者会社は前記民生のいわば子会社であるところから、組合も民生の労働組合の影響を受けることが多かつたが、民生の組合においては昭和三四年一月頃執行部の更迭があり、左翼的闘争方式を排し、いわゆる「近代的組合」を標榜して活動を開始し、債務者会社の組合に対してもオルグを派したり、ビラ等の文書によりその方針を流して緊密の度を加えていたが、宮田等は民生の新組合に同調して債務者会社の組合運営にあたつた。そして債権者等を含む反対勢力は次期の執行部改選にあたり久保田を擁立しようとして日常の情宣活動につとめており、一般組合員中にも帰趨に迷うものもあり、これに対して債務者会社および民生の経営者側においては、もとよりいわゆる「近代的組合」の方針を是として、久保田等の勢力の動きに注目していた。

(三)  このような空気の中で昭和三四年四月一八日債務者会社の組合定期大会において組合規約にもとづき執行部の改選が行われたところ、久保田佐吉が執行委員長、宮田宗平および債権者桜井ほか数名が執行委員その他の役員に選出された(組合規約によれば組合役員は、執行委員長一名、副委員長一名、書記長一名、執行委員若干名、会計一名、監査二名である。)。しかるところ宮田は久保田の方針に同調し難いとして(表面の理由は結婚のため)辞退を申し出でたほか、執行委員に選出された高橋久四郎が辞退を申し出たため、補充選挙が行われた結果、ムロヤ某および債権者宮内が選出された。しかるにムロヤも辞退を申し出たし、更にメーデーを控えてこれに参加するかどうかで債権者桜井と久保田との間に意見の相違を生じ(久保田は準備不足のため参加取止を提案したのに対し桜井は参加を主張したため)、債権者桜井も辞退すると言い出し、執行部の構成ができないでいた。この頃尾形八郎を中心とする一部組合員等に久保田の執行委員長就任に反対して第二組合を作ろうとするかの如き動きがあり、一般組合員も情勢を察知して動揺し、会社経営者側においても久保田の就任を不安とし、課長等の中には新役員の辞退を求めるかのような言辞を弄するものもあつた。以上のような情勢であつたため久保田は組合が二つに割れるのを避けたいとの理由をもつて遂に同年五月中旬改選前の書記長佐藤某に後事を託して執行部を投げ出すに至つた。

(四)  かくて右改選前の旧執行部が中心となつて収拾策を協議した結果、尾形八郎に執行委員長を委嘱することになつたが、尾形はこれを引き受けるにあたり、執行部の構成や組合運営方針一切を委せてくれることを条件とし、更に執行部を選挙しても前のように辞退者が続出しては執行部の構成ができないから指名によることにしたいと申し出たので、旧執行部はこれを諒承した。そして宮田宗平が書記長となつたほか数名の役員が指名決定され、五月一六日の組合大会において賛否投票の結果三分の二の多数により新執行部の成立が承認された。なおこの際従来は組合への加入を認められていなかつた係長級の職制も組合に加入し、又従来自発的意思によつて組合に加入していなかつた班長たる木島某が組合に加入して副委員長となつたほか、従前は規約により投票で選任されていた職場委員を廃して任命制による職場長に切り替えられた。そして尾形は執行委員長就任挨拶において、今後は組合の規約に拘束されず独自の方針で進む旨を宣言した。

(五)  債務者会社従業員の間においては昭和二八年頃からマージヤンや賭花札(俗に「コイコイ」と称し煙草や小額の金銭を賭けるもの)が盛んに行われていて、とくに正午から午後一時までの休憩時間中に大勢のものがこれをやり、一部のものは午後五時の終業後も会社構内に残留してこれにふけつていた。昭和二九年に組合が結成されてからは一時下火になつたこともあつたが、昭和三四年初め頃から再び盛んになり、とくに債権者両者を含む数名のものはこれに熱中していた。そこで債務者会社では職場の風紀維持と工場管理の必要上から、昭和三四年四月下旬頃総務課長名をもつて終業時以後の社内残留を禁止する旨の業務命令を告示したので終業後の遊戯は殆んど行われなくなつたが、なお正午からの休憩時間中には債権者桜井の所属する板金工場うらのカーバイト発生タンク舎(一名酸素小屋)に集つて賭花札を行うものが絶えないので、同年五月頃右小屋を取り払つたところ、その後は板金工場内において、なおこれが行われていた。債務者会社では更に同年六月一二日総務課長名をもつて「定時残業以外の社内残留は一切認めない。施設利用希望者は予め守衛所備付の届出用紙にて総務課に届出許可を得ること。社内に於ける賭博行為は定時後と雖も一切厳禁する。」との業務命令を掲示したが、債権者両名を含む若干のものは、なお花札遊びをやめなかつた。

(六)  尾形八郎を委員長とする新執行部が発足して以来、組合は一週間に一、二度位の割合で前記職場長による職場会を開き、民生の組合方針に則る教育活動を行い、新執行部の方針を組合員に徹底させることを計つていたが、債権者両名はこの職場会に出席することを快よく思つていなかつた。たまたま昭和三四年七月二一日正午からの休憩時間に開催された職場会に他の従業員は参加したのに債権者両名のみは参加せず、板金工場内で花札遊びをしていたので、この事実を知つた執行部では同人等の所為を大いに遺憾とし、翌二二日執行委員会において債権者両名を組合の統制を紊乱するものとして組合から除名する方針を定め、組合役員及び職場長会議にかけたうえ除名を決定し、同月二三日債権者両名を組合事務室に呼び出して全執行委員立会のもとに尾形委員長からその旨を申し伝えるとともに、会社守衛所側の掲示板に組合長名をもつて「五月十六日執行部発足以来近代的労働運動を提唱しその『基本的考へ方』に基き日夜組織の強化に専念し企業再建に邁進して居る。然るに去る七月二十一日の昼の職場会を無断で欠席し且つ又賭博行為をした事に就いて我々の唯一の財産である組織の破壊者として執行部職場長会議において左記のとおり処分を決定した。記、除名に処す、桜井京二、宮内長蔵」と大書した掲示をした。

(七)  しかるところ会社では翌二四日債権者両名を呼び出し、総務課長大草敏男から、業務命令に違反して賭博行為をしたことについての責任をとらせるため懲戒解雇する方針であるが、その前に自発的に退職してはどうかと勧告した。しかしながら同人等がこれに応じなかつたため、会社は同月二九日解雇通知なる書面により冒頭掲記のとおりの懲戒解雇の意思表示をした。

との各事実を一応認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そこで果して債権者等の所為が就業規則所定の懲戒解雇事由たる(イ)不正不義の行為をなし従業員としての体面を汚したこと、(ロ)職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊し又紊そうとしたこと、(ハ)その他これに準ずる程度の不都合な行為があつたこと、に該当するかどうかについて考えるに、債権者等が昭和三四年七月二一日午後〇時三〇分頃債務者会社板金工場内で花札遊びをしていたこと、債務者会社の従業員間に賭花札が広く行われていたこと、ことに債権者等が賭花札に熱中し、同年六月一二日の業務命令告示後も花札遊びをやめなかつたことは前認定のとおりであるが、このことから直ちに、債権者等が前記日時にも金銭または物品を賭していたものと認めることは困難である。しかしながら仮に債権者等が賭していたとしても、賭したものは煙草ないし小額の金銭たるに止まり、刑法上も一時の娯楽に供する物を賭した場合は賭博罪を構成しないのであつて、これをもつて直ちに不正不義の行為をなし従業員としての体面を汚したとすることは相当でないというべきである。又職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊したことについては、一応これに該当するとはいえるが、その時刻は就業時間(いわゆる拘束時間という意味での)中ではあつても休憩時間中であり、組合の職場会のため他の従業員等の不在中のことであるから、その程度は極めて軽いものといわなければならない。そうするとまだ一度も賭花札に関して処分を受けたことのない債権者等に対し(このことは弁論の全趣旨により明らかである。)、一挙に懲戒処分の極刑である解雇処分をもつてのぞむのは酷に失して相当でなく、よろしく就業規則第五六条但書に従い、譴責、減給又は出勤停止のいずれかによつて処断するをもつて十分であると考えられる。もつとも成立に争いのない乙第二号証の一、二、証人大草敏男の証言により真正に成立したものと認め得る乙第三号証によれば、債権者桜井は製品の不良を出す率が平均より著しく高いこと、債権者宮内は勤務怠慢および正当の理由なしにしばしば遅刻、早退又は欠勤をしたことにより昭和三二年三月二八日譴責並びに減給に処せられるとともに、会社に対し、今後このようなことをした時は会社の如何なる処置にも応ずる旨の始末書を差し入れていることをそれぞれ窺うことができるが、このことは今回の所為とは事案の性質を異にしているのであり、以上のことあるの故をもつては前記結論を左右するに足りない。

しかして前記(一)ないし(七)に判示の諸事情、特に(1)尾形委員長等が会社に対し協力的な態度をとつており、久保田派がこれに批評的であつて債権者等は何れもこれに属しており陰に陽に久保田派批判の言動をこれまでなしてきたこと、(2)債務者会社の課長のうち久保田の委員長就任を拒む如き言動をした者があること、(3)会社は債権者等が久保田派の指導する組合から除名された翌日に除名理由とほぼ同一の理由により債権者等に退職の勧告をし、これに応ぜざるや、まもなく本件懲戒解雇を通告していること、(4)右解雇の理由として掲げられた就業時間中の賭博行為は前判示の如く懲戒解雇事由に当るほど重大な反則であると認められないこと(むしろ尾形委員長のもとにおける組合の秩序にとつて重大な紊乱行為であること)、(5)しかして会社が右解雇の理由として当時掲げたものには別段勤務成績不良等のことがなかつたこと、(6)債権者等はこれまで度々久保田派に立つて組合の役員をしていたことがあること等をあわせ考えると、会社が債権者等の解雇を決意した決定的な動機は、尾形委員長のもとにおける組合の方針を是とし、組合が統制力の強化を図ることに同調しようとしたことにあると推認することができるところ、債権者等が組合の職場会に出席しなかつたこと自体が労働組合法第七条第一号に言う「労働者が……労働組合の正当な行為をしたこと」にあたるか否かはしばらくおくとしても、本件懲戒解雇は会社による組合の運営に対する支配介入として同条第三号所定の不当労働行為に該当し、無効であるとしなければならない。

債務者会社は本件懲戒解雇が懲戒解雇としては無効であつても、普通解雇として有効であると主張するが、本件解雇の意思表示自体が不当労働行為を構成する以上、普通解雇としてもその効力を生ずるに由ないものというべきである。以上のとおり本件解雇は無効と判断すべきであるから債権者等と債務者会社との間には、なお雇傭契約が存続しているというべく、また債務者会社は昭和三四年七月三〇日以降債権者等を職場より排除し労務の提供を受けないのであるから(このことは弁論の全趣旨により明らかである。)、債権者等は債務者会社に対し同日以降の賃金請求権を有する。しかして債権者桜井の平均賃金は月額二万九一八三円、債権者宮内の平均賃金は月額一万六六四八円であることは冒頭挙示のとおりであり、その支払期が一三日と二七日であることは証人大杉静次郎の証言によりこれを認めることができる。

しかして労働者である債権者等が雇傭契約が存続しているに拘わらず被解雇者として扱われることは甚しい損害であることは明らかであり、その結果経済的にも窮迫の状態にあることはこれを推認することができる。よつて以上認定の諸事情を参酌し、会社の債権者等に対する不払賃金のうち主文掲記のとおり既に経過した部分、将来の部分とも平均賃金につき債権者桜井については八割五分、債権者宮内については九割に相当する金員の支払を命ずる範囲において仮処分の必要があると認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

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